3年とまとめるよりはずいぶん長く4年というには少し足りない

くらいの期間って、どのくらいだろう。
と 思って


あ、 そうだ 私がアメリカに居た期間だ。
と思った。


そうか。あたしが日本に帰国して散々混乱してしまうに足る充分な期間。その土地の文化が骨にしみいるのに充分な期間だ。



あたしは別にそこまでアメリカが大好きだったわけではない。けれど、好きとか嫌いとかじゃなくてとにかくあたしはそこでその期間育って、その間、その価値観の中で、その考え方の中でスクスク育った。
そして幸運なことにその中であたしは随分可愛がられた 愛された。
Sally(って呼ばれてたのですトモエは発音しづらいからね)、今日のピアス素敵ね。ネックレスも可愛いわね。
Sallyは頭に電卓が入ってるのかしら、とっても計算が速いわね。
Sallyは真っ黒な髪と真っ黒な眼がbeautifulね。




ところが日本に帰ってみたら、
あたしは皆と違うお道具箱で 皆と違う防災ずきんで ひとりだけヘルメットをかぶらず登校して それだけでまず一歩引かれる対象で
ピアスなんて御法度だしちょっとしたアクセサリーだって禁止だし、うっかり付けてったら周りは優しく注意するんじゃなくてまず変な眼をしてじっくり見るんだ。
それでようやっと、強い女のコがしらじらしくゆってくるんだ。

それに計算の仕方だってうるさいし(答えは一緒なのにどうして2×3と3×2をいちいち違うやり方でやるの?)
皆髪は真っ黒で眼も真っ黒だ。たまに茶色っぽい髪の子が居たら、「不良!」とバカにするんだ。





そこであたしはアメリカの方があたしには居心地が良かったんだって気付いたよ。でもそう思っちゃう自分がイヤだったよ。帰れないから早く日本ナイズされて皆と仲良くやんなきゃって、思ったよ。でも上手くいかないよ。そんな元気にやれないよ。今までbeautifulでniceでgeniusだったものをいとも簡単に非難の対象にする。どうふるまっていいのか分からない。授業で自信を持って発表してもダメ。目立っちゃダメ。目立たなすぎてもダメ。















今思えばあの絶対的価値観が一挙に覆されたあのかんじ、あれは、自分をずっと受け入れてくれて、肯定して、褒めて認めてくれた人が、居なくなっちゃう感覚と、とっても似ている。
つまり、あのとき、あたしはアメリカと別れちゃった。
別れたくなくても、お別れしなくちゃいけなくなちゃった。
3年とまとめるよりはずいぶん長く4年というには少し足りない期間あたしを包み込んでいた世界と。そして突然、自分は世界にとってなんでもないものになってしまった。なんてつまらない私。あれ?これがほんとの私?






・・・で、今あのコは、
私を可愛いと言う
素敵な女の子だという
大好きだと言う
大事だという
でもそれはあの子にとっての私なんだ。
それは忘れちゃいけない。



私にとってのアメリカみたいに、そこの文化の中で英雄になれても、別の世界に放り出されたらつまらない転校生だ。



だからあたしはあの子の価値の中で安住していたら、世間に放り出る力を失ってしまう。



だからあたしはちゃんと色んな世界で 色んな価値観の中で 生きることをしなきゃいけない。


地球に国境があってそれぞれの文化があるように、
人にもさかいめがあって、それぞれの価値観や正義がある。



たくさんのそれに触れていかないと、いけない。



だからあたしは逃げて都合のいい人間のそばで安住したらいけない。











あたしの暮らしたアメリカはもう15年近くも昔のものになってしまった。
あたしを愛してくれて、あたしが愛した国はもう、なくなってしまった(15年前なんて同じなわけない)。




大好きだったとちゃんと自覚する前にお別れしてしまったあたしの大事な故郷。










いつだったか、タンスを整頓していたらママがアメリカで使っていた財布が偶然出てきたことがある。
ぼろぼろのそれの匂いは、まるで変わっていなくて、革の匂いが嗅覚を刺激したら、
涙がぶわっとでてきたことがある。ぶわっと止まらなくなったことがある。
お財布の匂いはモールもレストランも遊園地も全部思い出させた。
なにがそんなに泣けるか分からなかったけれど、それくらい大事な期間だったんだね、アメリカでの暮らしは。



いまでもきっとあのお財布を嗅げば泣いちゃうんだろうと思う。
3年とまとめるよりはずいぶん長く4年というには少し足りない期間、あの国のにおいを吸い続けたおさいふ。
泣いちゃう記憶なんだろうなと思う。
悲しいわけじゃないし取り返したいとか戻りたいとか全然そうゆうんじゃなくて未練とかそうゆうのではなく
でもきっと泣いちゃう。
泣いちゃうんだ 理由は分からないけど 確信がある。


まぁいいや。あたしはあのママのお財布を嗅ぐたび泣こう。それだけだ。そうゆうものがあたしにはあるんだ、良いでしょ、あなたは何を嗅いだら泣くのかな。